1.自己紹介
2.回天への志願
3.回天を初めて見たとき
4.平生基地への赴任

5.回天の搭乗訓練
6.平生基地の外での思い出
7.仲間の出撃
8.出撃命令を受けたとき

9.橋口大尉について
10.終戦
11.戦争、回天とは、何だったのか?
12.現代の若い世代へのメッセージ
13.平生町へのメッセージ


 
漆谷永ニ 秋山紅三郎 牧 逸郎 
西本和雄 林 徳次 松原幹夫
休日には平生町の写真館に行って写真を撮った。(昭和20年6 月末頃)
林 徳次さんによると、写真館には美人姉妹がいて、この仲間でよく通ったという。
〜基地の外、平生町での思い出をお話し下さい。〜

(山本)

 

私は、平生の街にほとんど出ることはなかったと思います。
隊内は男ばかりだったから、たまに街に出たとき女の人を見ると、みんなきれいに見えましたね。
それしか、覚えていませんね。

徳山には偉い人が飲みに行くときに付いて行きました。
徳山の大きな旅館でしたね。

思い出といえば、隣の潜水学校の生徒と私たちでラグビーの試合をしたことかな。
実は私はラグビーの監督をやったことがあったもので・・・。
回天隊のみんなはラグビーを知らなくて、最初は負けたんです。だから、何をしてるんだ!と気合を入れたら、なんと、次の試合は勝ちましたよ。


(林)

私の最初の平生町での思い出は、平生町に佐賀という漁港がありますよね。そこにクラブがあったんです。
クラブというのは海軍が民家を指定して、日曜日になるとそこにみんなが遊びに行けるようになっていました。
・・・ と言ってもそこに行ってお茶を飲むだけなので、一度行ったきりでした。
その時、丘を越えて行く途中、奈良の飛行隊で一緒だった二等兵曹とバッタリ出会いましてね。
それが、平生町での最初の思い出です。

あとは、平生の写真館へよく行きました。
美人の姉妹がそこに居たのです。そのときに撮った写真を持ってきました。一緒に写っている連中と一緒に、よく写真館に行ったものです。

それと、馬島の頂上に見張り所がありました。そこに行くときには民家の間を抜ける道を通ります。
たまたま行ったときに、モンペ姿の若い女性が民家の間を横切って家に入ったのを見かけました。
それをみんなに言ったら、それからは、搭乗訓練のない者たちはみんな馬島の見張りに押し寄せるようになりました。

みなさんが言われるように、それはもう、女の人はみんな、天使に見えましたから。

〜毎週日曜日はお休みだったんですか?〜

(全員)

日曜は訓練は休みでした。
土曜日も昼からは休みでした。

〜平生の人たちは、回天の基地があったことを知っていたんでしょう   か?〜

(林)
知らなかったでしょう。

(中川)
潜水学校の奥にあったわけですから、潜水艦がいたという記憶はあるでしょうね。

(林)
平生湾には、ボロボロの古い潜水艦が1隻つないでありましたから。だから潜水学校がある、という意識だと思います。聞かれた事もないです。

ただ、さっき話した二等兵曹に、沖でゴオーッという飛沫を出して潜るものがあるが、あれは何だと聞かれた事はあります。詳しくはいえないが、特殊兵器に乗っていると言うと、うらやましそうにしていましたね。
その内、回天は改良されて、飛沫が出ないようになって、スッと潜れるようになりました。

(中川)
恐らく、漁師さんは知ってたでしょうね。漁をする横を走るんですからね。

〜中川さんは外出した思い出がありますか?〜

(中川)
私は基地の外に2回ほど出たことがあります。
橋口大尉のオート三輪の横に乗って、橋口大尉が下宿している家へ行きました。それも平生の山手だったという記憶だけあります。

余談ですが、映画「出口のない海」の並木少尉が思いを寄せている女性がありましたね。「美奈子」さんという。
               み な こ
実は、私の相手も「美那子」でした。当時、文通していて、初恋の人でした。一文字だけ漢字が違いましたが・・・。手紙が平生によく来ていました。
だから、俺と似ているなあと、思って映画を観ました。

   みなこ
〜「美那子」さんは平生に会いに来られたのですか?〜

(中川)
いえ、そんなことはありません。私がどこにいるのかさえ、知らなかったはずです。手紙は呉局の番号だけで、私のところに届いていました。

〜終戦後、「美那子」さんとはどうなりましたか?〜

(中川)
結婚はしてませんけど。戦後、帰ってすぐに会いました。同い年で。私も純なところがあったので・・・。

〜山本さんには、そのような思い出はありませんか?〜

(山本)
僕はありませんね。話を聞いていると、私の方が年齢が上ですから、少し違うなあという気がします。

5.回天の搭乗訓練
7.仲間の出撃
                         



 

 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 
  












           千人針
1mほど白布に赤い 糸で、千人の女性が一人一針ずつ縫って結び目をつくったもので、出征兵士に贈ったものです。
兵士はこれを護符として腹に巻いた り、帽子に縫いつけたりしたそうです。

                         
Copy right(c)2006 Hirao. All Rights Reserved.
Supporting By 株式会社くるとん