出撃の前の日に別府温泉から帰ってきました。その時、私は、非常に感心しました。
特に、林(義明)なんかは、悟りきったようになって、人はこのような状況になったときに、こんな風になるものかと・・・。
そもそも回天の搭乗員になって、訓練を始めたときには、とにかくビックリしますね。
それからだんだんと、自分は死ななければならないと、思うようになる。
平生や光の基地に桜の木がありましたが、この桜が咲く時期には、自分は生きているのかなと・・・死を覚悟するわけです。
それでも人間ですから。夜中になると、一人で色々と考えてしまう。
もう一回、母親に会いたい、もう一度、この姿を家族に見せてやりたいなあ。と思う。決して誰も口には出しませんが・・・。
でも、そんな不安のようなものを、一生懸命訓練したり、話し合いをしたり、酒を飲んだりして、紛らわせていたと思います。
そんな気持ちを誰しもがもっていたはずです。
なのに、別府温泉の休養から帰ってきたとき、林(義明)などは、花の鉢に水をやっていました。
明日、出撃して死ぬというのに・・・。私だったら、とてもそんな気持ちになれないな、と思いました。
恐らく彼は、覚悟したんだと思います。
そして、その夜、私は、出撃する小森や伴たちと酒を飲みました。
いよいよ明日、出撃しますと言うので、「しっかりがんばれ。わしも後から直ぐに行くぞ」と言ったのを覚えています。
そして次の日、祭壇を作って、神主さんが祝詞をあげて、彼らは鉢巻を締め、そして、連合艦隊司令長官からの短刀を司令官からもらって、それから、潜水艦に乗り込みました。
潜水艦の上の自分が乗る回天の上に立って、日本刀を振りかざして、そして出て行きました。
私たちは帽子を振って見送ったのです。
当時、多くの人は、表向きには、回天に乗って早く行きたいと言っていました。選抜されて先に行く人を非常に羨むようなことを言っていました。
でも、早く行きたいという理由には、私は2つあると思います。
1つは、使命感。我々の家族なり恋人なりそういう人を救いたい。救うためには我々が回天に乗って行くしかないんだという使命感です。
もう1つには、厳しい訓練から早く逃れて、楽になりたいという気持ちもあったと思います。
特に光基地の場合は訓練が物凄くひどく、もう殆ど休む暇はありませんでした。
そういう苦しい思い、「死ぬ」という心の中の重荷、それから早く逃れたいという気持ちです。
例えば東京大学のある予備学生なんかは、光基地の厳しい訓練で形相が変わっていたね。
家族には国のためにやるんだと、言っていましたが、片方では、そういう苦しい訓練から早く逃れたい、という思いを持っていました。
出撃が決まって、実は、ホッとしたという気持ちを持つ人もあったようです。
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